# なんとなく不安の正体

理由はわからないのに、少しだけ不安になる夜がある。
何か失敗したわけでもない。
誰かに怒られたわけでもない。
むしろ、今日一日はそれなりにうまくやれたはずなのに。
それでも、胸の奥にうすく影が落ちる。
その正体は、たぶん「情報」だ。
私たちはいま、あまりにも多くのものを見すぎている。
SNSを開けば、誰かの成功や、誰かの幸せや、誰かの正しさが流れてくる。
それは決して悪いものではないけれど、
静かに、確実に、比較を生んでいく。
比べようと思っていなくても、比べてしまう。
あの人はもうあそこまで行っている。
あの人はこんな暮らしをしている。
あの人はこんなふうに愛されている。
その一つひとつが、言葉にならない小さな棘になって、
気づかないうちに心に刺さっていく。
そして気づけば、「なんとなく不安」になる。
けれど、それはあなたの弱さではない。
ただ、少しだけ“見すぎている”だけだ。
本当は、人はそんなにたくさんの人生を同時に受け止められるようにはできていない。
昔は、もっと狭い世界で生きていた。
家族や、近所や、ほんの少しの人間関係の中で、
自分の位置を見つけていた。
でも今は、世界中の誰かと、無意識に同じ場所に立たされる。
それは、とても静かで、やさしい形をした負荷だ。
だから、ときどき閉じてもいい。
スマートフォンを閉じて、
音の少ない場所に身を置いて、
自分の呼吸だけを頼りにする時間をつくる。
なにも生み出さなくていいし、
なにも進まなくていい。
ただ、“比べない時間”を取り戻す。
それだけで、不安は少しだけ輪郭を失う。
消えなくてもいい。
ただ、「ああ、これは情報のせいかもしれない」と
名前をつけてあげるだけでいい。
正体のわからないものは怖いけれど、
名前のあるものは、少しだけやさしくなる。
なんとなく不安な夜は、
あなたが弱いのではなく、
少しだけ世界を見すぎた日なのかもしれない。
だから今日は、少しだけ窓を閉じていい。
そのかわり、自分の内側に、小さな灯りをともす。
それがきっと、明日のあなたを、ほんの少しだけ軽くする。